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京極為兼

公卿 歌人
1254年~1332年没
西園寺実兼の家司として伏見天皇に仕え活躍、そのため実兼と対立、流配
処罰の主体:朝廷
京→土佐

玉葉和歌集の撰集をしている
土佐に流配される前に大覚寺統との皇位継承争いに絡んだことで失脚しており佐渡に流されている
最後まで帰京が許されることはなく河内国で死亡している
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